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(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁) | (太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁) | ||
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*『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[5]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552976?page=9 9頁] | |||
*『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[8]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552979?page=109 109頁] | |||
===寛政重修諸家譜(記事名の出現頁・OCR照合)=== | |||
*『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[99]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2577391?page=29 29頁] | |||
*『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[164]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2577456?page=144 144頁] | |||
*『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[333]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2577625?page=144 144頁] | |||
===本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)=== | |||
*『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[69]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2593341?page=30 30頁] | |||
===華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)=== | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治15年)下巻:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1152006?page=167 167頁] | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之2:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1152049?page=109 109頁] | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)上巻皇別:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/780644?page=119 119頁] | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)下巻神別,外別:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/780647?page=162 162頁] | |||
==系図・系譜== | ==系図・系譜== | ||
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==外部リンク== | ==外部リンク== | ||
*[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E7%94%B0 Wikipedia:東田(曖昧さ回避)] | |||
[[Category:地域別/]] | [[Category:地域別/]] | ||
[[Category:氏族系統/]] | [[Category:氏族系統/]] | ||
[[Category:出自別/]] | [[Category:出自別/]] | ||
* [https://myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=東田&from=rank 名字由来net:東田] | |||
2026年10月24日 (土) 07:47時点における最新版
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
條を見よ。ヒガシダ條を見よ。トウセウ-トウセムトウセムトウセム-トウタ三八八五 トウタ-トウタウトウタウ持-兵庫助景兼-因幡守景高-兵庫助高信-越後守忠高と傳へ、其の養子虎高(實は三井出羽守乘網の男)なり」と載せたりと。源助成高(虎玄、白雲)は始め、武田信虎に仕へ、後淺井勝政、長政に屬す。其の子和泉守高虎(佐渡守、與右衞門)は淺井、豐臣に歷仕し、伊豫字和嶋八萬石を領す。關ヶ原役後·漸次加增ありて、遂に伊勢安濃津三十二萬石を食む。藩翰譜に「左少將兼和泉守藤原高虎(初名は與右衞門、叙爵して佐渡守、其の後和泉守)は、近江國住人、藤堂入道白雲(初め源介虎高)が子、淺井備前守長政が家人、生年十五歳、姊山の合戰に高名し、十七歲にして、淺井が家を去りて、阿閉淡路守が許に往在る事數月にして、き、又立ち出で、磯野丹波守秀家が許に織田七兵衞尉信澄の家に往き、丹波國籾井の城の戰に高名し、播磨の別所を討れし時に先駈し、其の後、大和大納言秀長の家人となり、江馬の一揆をせめ平らげしかば、所領の地を加で、其の功を賞せらる(初め三百石、此のたび三千石の地を給ふ)。鳥取、冠城,高松、山崎、志津が嶽、大和の國の戰にトウタウ
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
寛政重修諸家譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[99]:29頁
- 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[164]:144頁
- 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[333]:144頁
本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[69]:30頁
華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治15年)下巻:167頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之2:109頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)上巻皇別:119頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)下巻神別,外別:162頁