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東田

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

條を見よ。ヒガシダ條を見よ。トウセウ-トウセムトウセムトウセム-トウタ三八八五 トウタ-トウタウトウタウ持-兵庫助景兼-因幡守景高-兵庫助高信-越後守忠高と傳へ、其の養子虎高(實は三井出羽守乘網の男)なり」と載せたりと。源助成高(虎玄、白雲)は始め、武田信虎に仕へ、後淺井勝政、長政に屬す。其の子和泉守高虎(佐渡守、與右衞門)は淺井、豐臣に歷仕し、伊豫字和嶋八萬石を領す。關ヶ原役後·漸次加增ありて、遂に伊勢安濃津三十二萬石を食む。藩翰譜に「左少將兼和泉守藤原高虎(初名は與右衞門、叙爵して佐渡守、其の後和泉守)は、近江國住人、藤堂入道白雲(初め源介虎高)が子、淺井備前守長政が家人、生年十五歳、姊山の合戰に高名し、十七歲にして、淺井が家を去りて、阿閉淡路守が許に往在る事數月にして、き、又立ち出で、磯野丹波守秀家が許に織田七兵衞尉信澄の家に往き、丹波國籾井の城の戰に高名し、播磨の別所を討れし時に先駈し、其の後、大和大納言秀長の家人となり、江馬の一揆をせめ平らげしかば、所領の地を加で、其の功を賞せらる(初め三百石、此のたび三千石の地を給ふ)。鳥取、冠城,高松、山崎、志津が嶽、大和の國の戰にトウタウ

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

系図・系譜

関連論文

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