7伊岐宿禰壹岐ト部氏の後なり。貞觀五年九月紀に「壹伎島石田郡人、宮主外從五位下ト部是雄、神祇權少史正七位上ト部業孝等、姓を伊伎宿禰と賜ふ。其の先雷大臣命より出づる也、」と。また同十四年四月紀に「宮主從五位下兼行丹波權掾伊伎密福是雄卒す、是雄は、壹岐島人也o本姓ト部、改めて伊岐と爲る。始祖忍見足尼命、神代より始まり、龜ト事に供す。厭の後子孫祖業を傳習し、ト部に備ふ。云々、」と見ゆ。是雄は本系帳に據るに、氏成の子にして千代麻呂の弟なり」