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鴨(9)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

9讃岐の鴨部和名抄、阿野郡に鴨部〓あり、加毛と註す。又寒川郡に鴨部郷あリ。後世鴨部庄存す。下賀茂神社紀に「建長六年十月、讃岐國鴨莊を以つて神領に充つと。又賀茂縣主系圖に「彌宜祐俊云4、讃岐國鴨郷、祐俊の子孫に相傳すべきの由、宣旨を下さる」とa猶ほ古く無姓賀茂氏もあり、カモ條を見よ。またカモ條第五十四項、及び讃岐條參照。10伊藤の鴨部和名抄、越智郡に鴨部〓あり。加毛倍と註す、後世鴨部庄と云ふ。古く鴨部のありし地なリ。第十五項參照又豫章記卷頭河野系圖に「益躬(鴨部大神·是れ也)」と載せ、本文に「播州大藏谷の西に三島大明神社座す。益躬·此の時御勤請申す也。其の矢·今に之れ在り、伊豫國にては鴨部大神と號す。伊與皇子よリ十五代也。異說大三島社農角若宮也」とあり。當國三島大神が山城鴨社と同體なるの說·カモ條第四項を見よ。當國また神野郡(新居郡)に賀茂氏あり、カモ條第十一項、第五十五項、及びニヰ條を見よ。11土佐の鴨部和名抄、土佐郡に鴨部〓あり。土佐國風土記に「土佐郡々家を西に去る四里に土佐高賀茂大社あり。其の德川家康も神·名を一言主尊と爲すみ其の祖未詳一說に云ふ大穴六道尊の子味組高彥根命なりと、」とあるは、もと此の國の鴨部の奉齋したる社ならん。而して天平寶字八年十一月紀に「復た高鴨神を大和國葛上郡に祠る。高鳴神は、法臣圓興、其の弟中衞將監從五位下賀茂朝臣田守等·言ふ、昔大泊瀬(雄略)天皇·葛城山に獵す。時に老夫あり、每に天皇と相逐うて獲を爭ふ天皇·之を怒り其の人を土佐國に流す。先祖·主る所の神·化して老夫となリ.爰に放逐せらる(今前記を撿するに此の事見えず)。是に於いて、天皇·乃ち田守を遣はし、之を迎へ、本處に祠せしむ」と見ゆれば、後世長く大和國葛城の鴨社と関係ありしを知るに足らん。この社は神名帳に都佐坐神社と載せ、又同郡に葛木男神社、葛木咩神社を擧ぐ。而して此の神社は土佐國々造の宗社なれは、カモベとトサ國造とが密接なる關係のあるを知るに足らん。猶ほトサ條を見よ。又當國幡多郡に賀茂神社あり、波多國造と關係深し、ハタ條を見よ。猶ほ十六項を參照せよ。12豐前の鴨部當國丁里戶籍に「鴨部色手等三名」を載す。鴨部は九州の一角にも分布せしなり。13酒部公齋鴨部和銅四年八月紀に「酒部公大田、粳慶、石隅三人、度實年籍に依り、鴨部姓を賜ふ」と見えたり。鴨部公にて議岐國造の一族なるべし。○其の他、全國に賀茂〓、賀茂庄、賀茂村多し、此の部民によりて起れるもの多かるべし。モ條を見よ。14鴨部視攝津の豪族にして、大和鴨君の一族なり。三島鴨神社の祝か、姓氏、攝津神別に「鴨部祝、賀茂朝臣同祖、大國主神の後也」と見ゆ。カモ條參照。15鴨部首伊豫鴨部の伴造なり。嘉祥三年七月紀に「伊豫力田物部連道吉、鴨部首福主等、位一階に叙す。道吉等·私產を傾盡して、窮民を賑給す。故に此の賞あり」など見ゆ。第十項を見よ。16 (土佐)賀茂部臣土佐鴨部の長なり。大三輪三社鎭座次第に「大田田根子命也、云々。母美良媛、土佐賀茂部臣の女也」など見えたり。第十一項、及びミワ條を見よ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)

系図・系譜

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