鮎貝邑
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
-アヤメイアユカセ-アユカハアユカハ-アユカヒ三元 アユサハアユタ-アラアラ-定宗を以つて祖となす。定宗世々羽州置賜郡下長井莊鮎貝城に住す、よりて之を氏とす。其の子兵庫頭盛宗·天文中保山公に事ふ。其の子安房盛次、初め兵庫宗重と稱し、老いて順齋と曰ふ。其の子二、長は藤太郞、長じて攝津守思旨(或は宗信)、次は長七宗定、後兵庫宗盛と稱す。天正十五年春、忠旨竊かに最上義光に屬して叛す、事發覺、攻められて山形に出奔す。此の時盛次、次男宗益と兵を以つて伊達公に從ふ」と永慶軍記に藤太郞の事見ゆ。子孫伊達侯に仕へ一家の上坐たり。松本松平藩の用人にも鮎貝氏あり。信濃に現存す。