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高瀨(3)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

3筑後の高瀨氏將士軍議に「御井郡宗崎村今津忠平云ふ、肥後國熊本の人、高瀨軍吾と云ふ者、文政七年、高良山に來て高瀬の遠孫の有無を問ふ。曰く文明の頃、高瀨相摸守秦朝あり(今按ずるに、菊池肥前守爲安の高良山戰死は、當に泰朝の代に在るべし。此の戰、見る所なし。私謂ふ、泰朝·敵を受けて危難に至る、之を援くるが爲に出張し、遂に戰死を致す者か。大永の頃、高瀬刑部政元あり。高良山の城主なりしが、菊池の男家にて、大身なりし故、世人稱して高良山殿と日ひしとぞ。今菊池系圖(軍記所載)に據りて、系圖を作る事左の如し。猶ほ合原條參照。菊池武光-武政、弟武〓(高瀨相摸守、初め彥次郎。今按ずるに、風土記所載の菊池系圖に高瀨十郞武相あり。系なしと雖も、武朝の弟となすに似たり。卽ち是れ武〓也)-眞武(高瀬三郞)-武楯(相摸守、從五位下、實は武朝の二男) -武祐(十郞)-桑朝(三郞)-武滿(三郞、妹は肥前守重安の妻)-武基(右京、宇土郡にて死)」と見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

系図・系譜

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