高桑(3)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
3北陸の高桑氏越中國礪波郡漆谷城(五ヶ山漆谷村領)には、高桑勘解由左衛門居たりと云ふ。又加賀國石川郡館山城(鞍月庄割出村領)には高桑備後住めり。天正八年、柴田勝家の爲に亡さると。備後は本願寺門徒也(三州志)。下りて加賀藩給帳に「參百七拾石(井桁)高桑善兵衞、百貳拾石(同)高桑喜平」等見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)
3北陸の高桑氏越中國礪波郡漆谷城(五ヶ山漆谷村領)には、高桑勘解由左衛門居たりと云ふ。又加賀國石川郡館山城(鞍月庄割出村領)には高桑備後住めり。天正八年、柴田勝家の爲に亡さると。備後は本願寺門徒也(三州志)。下りて加賀藩給帳に「參百七拾石(井桁)高桑善兵衞、百貳拾石(同)高桑喜平」等見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)