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顯定(5)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

5武藏の萩野氏當國に此の氏尠からず、風土記稿譲澤郡條に「萩野氏、名主なり。先祖は萩野孫三家繁とて、世々由良家に仕しものといへり。當村大日堂天正十一年の棟札にも其名見えたれど、家系を傳へざれば詳なる事は知らず。今の名主七郞兵衞が言祖父七郞兵衞、寛保二年の洪水、寶曆元年の凶作に麥百俵宛、此邊の村々へあたへて助力せり。祖父七郞兵衞の代に至りて、又安永九年六月洪水にも秋作ことごとく水腐し、村内固窮に及しに、參二百俵を助力し、其上秋の貢物をば皆に代りて納めしかば、御代官布施彌一郞が奉りにて賞行はれ、銀子十枚を賜ひ、其身一代帶刀を免され、苗字は子孫まで免じたまはる。其後天明三年淺間山燒出をびたゞしく砂降しかば、泥土をことごとく、田間に押流しぬ。農民の困窮云はむかたなし、此時も己が力を以て手當し、すたれんとせし田地を起、返せしかば又賞せられて銀七枚を賜る。同年利根川修理のことに預かり、心を用ること大かたならざりしかば、又銀十枚を賜ふと云ふ。今の七郞兵衞に至りても、村內困窮なる者あれば、米錢を與へ、飢湯を救ひ、他村の窮民などにも米錢を與其足ざるを補ふといふ。」と載せ、其〇、橘樹郡樽村に此の氏あり「先祖荻野因幡は北條氏眞の屬士にて本長寺を開基す。」と。又多摩郡三輪村に〓野氏あり、分家四十餘軒に及ぶとぞ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)

系図・系譜

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