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靑芳(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

赤アカ石見國邑智郡に赤山の城あり、又赤の城と云ふ。八重葎に小笠原四郞長親の孫長胤の築く處と見ゆ。安賀アカ和名抄常陸國那賀郡安賀郷、若狭國遠敷郡安賀〓あり、阿加と註す。內若狹の安賀郷は中世安居宮上下宮の莊園と3武藏の青山氏、武藏豊島郡の靑山氏の事は、風土記傳に五郞右衞門が先祖長兵衞子なかりしにより養子を迎ふ。是も後に長兵衞と改む。此人實は靑山常陸介忠成が落胤なりと系圖に載す。又家傳に忠成を伯耆守忠俊が嫡子と云ひ、又長兵衞を忠俊が丹波國笹山城に螢居せし間の落嵐の如く記す。系圖と合はず。按に寛永譜に據れば、忠成·慶長十八年二月卒するに至る迄罪蒙りしと見えず。忠俊は元和九年御氣色を蒙て房州大多喜城に移され、後又相模國高座郡今泉に退居せし事を載す。然れば忠俊が落胤と云ものを得たりとせん歟。猶ほ橘樹郡にも名族靑山氏あり、恐らく次の本間氏流か、「議倉將軍のころ當所の侍本間五太夫某が所持の鉦を藏す」と、載すればなり。

系図・系譜

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