-ムラクモ元年紀に「小依(男依)の子息從六位下志我麻呂」、下りて慶霊四年五月紀に「美濃國村國連等志賣」、また顯聚國史八十七に「延曆十七年云々、美濃國人村國速惡人」など多く、又志我麻呂の男島主は美濃少操たりしも、藤原仲麻呂の事に座して誅せらる、後贈從五位下たり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)