雄城
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
小代、小城とも通ずん6肥前の豪族にして惟黨の一なりと。其の家譜に「阿蘇大明神は是れ肥後國惟黨祖也、」と。而して其の系圖に「豊後大神氏、惟基の子緒方惟盛の後にして、其の子惟衛、その子惟用、その子緒方三郞惟榮、その後裔、佐伯備前權守惟仲(尊氏代)の孫惟賢、その子惟世の後大神治景に至りて雄城宮内少輔と稱す、」とあり。その後裔なりと小須ヲス伊勢神宮外宮の社家にて、渡會氏の族なり。渡會二門系圖に「高主-爆弾-常相-行兼(大內人、安和三兼權福宜)-氏頼(小須永承六年九月十四日卒)-種時-時員小城宗範、小城宗久、永祿年間大友氏に降時房1時權-氏繼-氏盛-行氏-氏綱榨國宜-經增-氏房-氏家-家種一種貞と見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)