隨分付(末使主百濟族)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
3和泉の末使主姓氏錄、和泉神別に「末使主は、天津彥根命の子·彥稻勝命の後也、」と見えて、國造本紀、須惠國造の出自と一致す。或は思ふ、崇神紀に見ゆる茅淳縣陶邑より起リしにて、天津彦根命の裔なりと云ふは、假冒に過ぎざるか。卽ち陶津耳の後か。陶條を見よ。山城の末使主百濟族にして、此の末と云ふは、須惠國造と關係あらずして陶なるべし。卽ち此の氏は陶部の伴造家ならむと思はる。姓氏錄、山城諸蕃に、「末使主、百濟國の人·津留牙使主の後也」と見ゆ。猶ほ木曰佐の條にも「末使主と同祖、津留牙使主」とあり。而して承和十一年十二月紀に「山城國紀伊郡人末使主逆麻呂、本居を改めて、左京三條に貫す」と載せたるは、此の氏人なり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)