隅屋(1)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
また須屋に作る。河内の豪族にして、橘姓楠木氏の族也。長祿寛正記に「先陣は譽田、後陣は須屋、甲斐庄以下の楠黨也」と載せ、又「須屋左京亮正興、同孫次郞·討死」と見え、又應仁記卷一に「楠が末葉に、和田、層骨、甲斐庄とて、河內に三人有り」とaまた應仁私記に「隅や孫四郞正實(孫次郞正景の子)」とあり。これより前、楠氏家臣に隅屋あり。石川郡弘川壘(河口村弘川)は正平中、楠氏家臣隅屋奥市·當壘に據りて戰死す。後寬正元年十二月畠山政長當城に據リ畠山義就と戰ふと云ひ、又陣屋山城は元弘の役、賊軍據りしが、後正平十五年、隅屋奥市據ると云ふ。同族か。酢屋スヤ浪華の〓家に酢屋平十郞國雄あり。須屋スヤ前後數條と通ず。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)