間部(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2藤原北家藤原山蔭の曾孫季隨より出do其の男満任·諸川氏を稱し、其の十三世孫滴水·尊氏に屬す。其の九世鹽川伯耆守信氏·三河に到り、松平清康に仕一〇其の子信行、其の孤子刑部詮光·問鍋(眞鍋)主馬兵衞に養はれ、其の氏を旨す。後その五世〓貞の時、星野を稱し、四田に改め、更に其の男詮房に至り間鍋に復し、間部に改む。「光一詮則ー領土も次第に増して、遂に上野高崎、越後村上に封ぜられ、五萬石を領す。(次の詮言の代、享保五年越前鯖江に移る)。その第に主膳詮貞、隱岐守詮之、中務少輔詮衝(伊賀守、淡路守)、下總守詮言、妹は安部主水信美妻、小坂孫九郞の妻也その後は「弟下總守詮言-若狭守詮方(改丹波守、實詮貞長男) -主膳正詮央-下總守詮茂(實詮方三男--狹-守-膳正詮允-第下總守詮勝(四位侍從)-安房守詮實-下總守詮道-詮信」にして、越前鯖江五萬石、文久二年より四萬石(明治一萬四千九百六十石)。現今子爵。家紋丸に橫三引、三銀杏。又但間部主馬兵奮は田カその他、歳野脇坂傳武藏に存す見え、先祖間部太郎右衞門は伊豫字高村の人、因つて氏とす。慶長十七年、こゝに楽住し、里職を世々にす。今常吉まで九代」と見えたり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)
本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[271]:46頁
新撰姓氏録考証(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)上(巻1-10):270頁、362頁、363頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)下(巻11-21):126頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之11-21:49頁、311頁
文献(NDLサーチ・Amazon)
- 三上一夫「〈新刊紹介〉『間部家文書 第四巻』」若越郷土研究 6、99頁(1986) 国立国会図書館サーチ
- 三上一夫「〈新刊紹介〉間部家文書刊行会編『間部家文書第二巻』」若越郷土研究 6、96頁(1982) 国立国会図書館サーチ