長瀞
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
羽前、紀伊等に此の地名存す。1〓和源氏斯波氏族羽前國北村山郡長淨邑より起る。最上滿家·此の地にありて、長瀞殿と云ふ。其の子孫義守스ト義光)の子新八義保·長瀞を氏とす。土略記に「長瀞館は、山形の北七里、東根の西、橋間の近地なり。當時は御公料にして、五千石餘の陣屋なり。昔は斯波兼賴朝臣の曾孫、左京太夫滿家·住居の城なり。是れを長瀞殿と稱す。應永三十二年逝去、禪會寺に葬る。嫡子式部太夫賴宗も長瀞に居城、嘉吉元年逝去。此の時.最上家は、山形、中野、長瀞と三城の中に住居」と載せたり、モガミ條を見よ。2また天童下筋八館の一に此の氏あり、義光物語に長瀞左衞門尉·見え、又これより前、永正長谷堂の役に長瀞戰死と。又最上家臣に長瀞内膳あり、文祿中、平大隅國伊賀の名族也。服部羽前、紀伊等に此の地名及び阿波等鹿郡增田城を守る。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)
華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之1:129頁