長江(5)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
5陸前の長江氏一に永江に作り、又谷を家號とす。賴朝奥州征伐の後、長江太郞義景·桃生郡南方深谷保に封ぜられ、小野城に據る。餘目舊記に「留守、葛四、山内、長江、登米、五郡一揆いだされ候、連判も文書にそへ候」と載せ、觀蹟聞老志に「小野城は小野驛後に在リ、景政の末前、永江太郞義景の居舘也。文治中、頼朝·深谷〓を義景に賜ふ。其の子孫綿々、永江播磨守勝景(後に月鑑と號す)·相纏いで居る。天正中、罪を我が黄門君に獲て誅せらる」と。又伊達世次考に「寛正年中、深谷保主長江菜、來りて我が旗下一屬せんと請ふ。此れ蓋し長江播磨守宗武の祖父の代か」と0又成實記に「深谷月鑑は相馬長門の小男に候」と0また「小野色櫻館は鎌倉權五郞景政の所居」と傳へ、又「此の地平姓の石墳古碑多し」とぞ。フカヤ條參照。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)