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鎭西(3)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

3又鎭西要略に「久安六年庚午、六條判官爲義朝臣の八男八郞爲朝、豐後國に下向す、中略。豐後國に居り、尾張權守宗遠を以つて、乳人と爲し、それより肥後國に入リ、阿蘇平三郞忠國の婿と爲る。是に於いて躬親ら九國の惣追捕使と稱し、討ちて鎭四を從へんと擬す。之に依りて、菊池、原田、松浦等、所々の城を守りて之に應ずるなし爲朝·忠國を以つて〓導と爲し、强弓を携へ、横行する三年、而して大敵に當る廿四度、强城を陷る數十城也。遂に討ちて九州を從へ、以つて鎭四八郞と稱す。其の橫行の間、惡行顏る狼籍也、云々。近くは肥前國黑髪山の池中に一巨蛇ありて人を惱す。爲朝·之を射殺す。時に盲振小劔ありて之を屠斬す矣、世に梅頭と曰ふ」など見ゆ。肥前に於ける爲朝傳說は諸書に多し、〃ロカミ、ゴトウ、リユウザウジ等の條參照また三才圖會に「大智院は黑髪山に在り云々。又大磐石あり。嶺頭富大五丈余。往昔·大蛇ありて此を纏七匣、鎭四八郎爲朝·射て之を殺す。以來人·安堵す云々」と見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

系図・系譜

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