鎌形(1)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
武藏國男衾郡(比企郡)鎌形邑(釜形郷)より起りしか。鹿島大福宜系圖に「カマガタ左衞門太郞」見ゆ。鎌上鎌苅鎌狩1カマカミカマカリ次條に併せ云へり。カマカリ次の二流あり。ト部姓大和鎌田系圖に「天兒屋根命十七代ト部鎌大夫の苗裔、家紋藤巴、井に二振鎌。筒井氏の族。鐵狩左衞門介ト部氏綱(後に治部少輔と號す。和州葛下郡鎌田村に居す。母慧明寺土佐守の女)-鎌狩左衞門大夫ト部氏治(多武峰妙樂寺邊に居住す。大織冠鎌足大明神に給仕す。永祿十二年、當社大明神·吉野山へ奉遷の時供奉。元急二年多武峰へ御返還。天正十六年、當社大明神同國添下郡郡山、奉遷、大和大納言殿の御代なり。同十八年に御返遷也。一說に慶長二年御返還と云ふ)」と。又氏治の第「ト部直豐(每年妾腹楠原氏の女也。後松村仁左衞門、法名懷阿彌。室は松倉彌七郞女) -松村兵右衞門直能(後に仁右門門と贊す。法名量阿彌禪士。筒井順慶公に仕へ、數度軍功これ在り」と。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)