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金指

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

伊豆の名族にして、〓和天皇後裔と云へど、その實、伊豆金刺氏にして、前條江家次第に見ゆる伊豆國豫金刺宿禰爲賴の族裔と考へらる。されど其の系圖に據るに「清和天皇四代裔孫尊慶親王の三男在伍中納言の正嫡金差左馬頭、天平寶字五戊申、近江國蒲生郡千ヶ畑、夕霧城に在城云々」と見え、次に「金義常安·左馬頭と號し源義親に屬し、奥州安部の宗任を責め、南部次郎を討つ。後八幡太郞義家に屬して歸洛、その子孝常、權頭入道室貞と號す。八幡太郞の子賀茂次郞義範に屬し、數度事功、その長男孝貞·行衛を知らず。二男常白自害·九郞と云ふ。三男正常·七郞と云ふ、平治の亂左馬頭義友に屬し、内海に討死す、」とあり。其の後裔金指眞一氏の說に「系圖の書出を見るに、〓和天皇四代裔孫尊慶親王の三男在伍中納言の正嫡金差左馬頭が金指家の始祖にして、天平實字五戊申、近江國蒲生郡千ケ畑村夕霧城在城せるものと聞ゆれども、天平寶字五年は孝護帝の御代にして、〓和天皇四代奇孫の存在すべき筈なし。先づ冒頭に於て既に矛盾せる記載なりと思はる。次に初代常安が安倍宗任を討ちしは、後冷泉天皇の天喜五年なるべきか。然して此の常安が〓和天皇四代の裔孫尊慶親王の三男の意か。故に、在伍中納言の正嫡金差左馬頭天平寶字五戊申云々は常安以前の傳說をおほらかに記したるものなるべし」と。猶ほ〓究の要あるべし。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)

系図・系譜

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