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野末(5)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

5家紋見聞諸家紋に、十二目結攝州の能勢と載せ、寬政系譜に「家〓獅子に牡丹、桔梗、十二日結、矢筈十文字、五七の花桐」と。又武鑑に能勢能勢伊奥守市十郞賴直6居域地黄城は一に丸山城とも云ふ。東郷村地黄に在りて、源頼光の男賴國·長元年中、當郡に來りて當城を築くと云その後會·傾幸の子十郞兵衞報道信長にせせりを以つて、天正八年九月十七日、山下城主鹽川伯耆守に招かれて殺さる。第助十郞賴次(惣左衞門、伊豫守、攝津守)明智光秀に屬して、所領を失ひしが、後關ヶ原の役·功を樹て、舊領を復す。寛永三年一月十八日残す。遺言により、嫡子頼重は三千石、次男賴高は千五百石、三男賴之は一千石、四男賴水は八百四十六石、五男賴平は三百石を領す。賴重の子孫·相次いで丸山新城に居る、地黃陣屋これ也。又大空寺城は野間中邑に在り、妙見堂の地也。天正九年、能勢賴次當城を築き、丸山城を出城となす。翌十年賴次流浪して城廢す。慶長五年、再び舊領を復するや、盡く妙見に献ず。また水牢城は能勢某なるもの、文治年間築きしものと云ふ。又森上城(同村森上)は能勢小重郞の據リし地也と傳ふ。又今四邑の今西城(計廿城は能勢十郞據る。森本條參照。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

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