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野依

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

三河等に此の地名存す。中臣氏族中臣氏系譜に「大神宮司茂生-安賴(安和殘)-千枝(大司、長和卒) -公兼(大司、從五下、造内宮使、號野依前司) 1公經-公元微五下嘉承二年1公定-定俊-實定-宣〓大田大夫警官大尤加賀ず定登-定長-〓長-光長-忠長超大学are定親-公長:公義-公親太棟長-康長音室船公隆伊勢守公寓-宣智良長氏-長成茂長毎年大大階大阪후知雅宜經-知經-知良-知雄博大圖同異·時最元元〓宣-〓定-清重卒有長-重長-隆辨-尙長頃支付大司~大司卒-水親-永兼永隆-清隆-永基六山四大五權の期-師隆-康定大賴重天司隆賴-重隆-定信-知定-康國大司-義隆光定-眞賢-康雄-輔生大司但大司太2豐前の野依氏當國下毛郡の豪族にして、既に永仁七年四月十日の鎭西引付に「一番·野依盛前房」の見ゆるを思へば、鎌倉以來、相當の地位を占めしを知るに足らん。その後、佐々木文書、觀應二年正月の種定申狀に「大將野依彈正忠に屬し、友枝に馳せ向ひ、忠動を致す」云々So當時一方の大將たりし也。下つて天文永藤の頃には野依兼員、元亀天正頃には野依兼基あり。なほ野中條參照3雜載その他、蜷川親元記に野依主計·見え、又現今野依秀市あり。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

関連論文

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