里見(5)
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
5仁田山の里見氏上野國志、山田郡仁田山舊壘條に「赤萩と云ふ。里見藏人家連こゝに居りて桐生に屬す。天文廿四年、謙信の爲に減され、其の地は猶ほ桐生に屬す。永祿の頃、里見上總介實堯入道·安房國より流落して來りしを、大炊助·仁田山八〓を割き與へて居らしむ。實堯は安房の里見刑部大輔義堯の叔父なり。甞て生實の御所義明に一味せしが、天文七年十月、義明戰死す。後に甥義堯と不和にして、上州の里見藏人家連を頼りて來りしが、家連打死の後は、桐生大炊助へ託す。大炊助·乃ち一部の將として、赤萩の砦を構へ、仁田山八〓を添へて差置きけるが、又次郎の代になり、家法·類りに亂るゝを見て、里見入道·屢々書を以つて之を諫む。又次郞愈々入道を疎んず。入道は桐生家の傾かんとするを見て、元龜元年三月十三日、長子隨見勝政、次男平四郎勝安を、潜かに越後に逃して、謙信に依頼せしむ。桐生の讒臣山越·これに依りて入道を、又次郞に惡さまに議す。又次郞大に怒りて、同廿日、仁田山を伐たしむ。又次郞·乃ち岩水喜太郞に命じて、入道を生害せしむ。赤萩には入道が臣大貫左兵衞·像じめ入道の、石原が爲に誘るゝ事を測り知りて入道を諫むれども、入道用ひず、これに依りて、大貫兄弟は楯籠りて、桐生勢と戰ひて討死す。弟源左衞門は風間伊之助に生捕られ、荒戶鷺沼の岸にて首を刎ねらる。入道が臣石原石見と云ふ者、入道を欺き誘ひて谷山に遁れしめ、窃かに又次郎に申す」と載せ、又同郡高津戶西要害山は「天正五年、里見園見、同平四郞、謙信へ願ひて、同九月二日山中の阿久澤松島が所へ下着し、高津戶を取り立てゝ、同六年春に移住す。謙信より加勢を送りて里見を助けしめ、兼ねて伊勢崎を以つて里見が領知に宛て行はる。同九月十七日、由良國繁·兵を遣はして是を襲ふ。新田勢利あらずして、類命の砦に退く。此の夜、平四郞·類命へ夜討し、傷いて城に歸りて死す。十八日,随見·弟の死を悼みて自害す。時に隨見は二十八歲、勝安は廿五歲、よつて城〓す」とぞ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[27]:5頁、7頁、8頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[237]:11頁
- 『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[269]:5頁
華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治16年)上巻:153頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之2:32頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)上巻皇別:150頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)上巻皇別:148頁
新撰姓氏録考証(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)下(巻11-21):149頁、332頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之13:3頁
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)巻之11-21:51頁