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遠水(0)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

0飛驒の多賀氏近江佐々木氏多賀黨の子孫、多賀太郞の後也(千光寺記、治亂記)。三木條に詳か也三木氏系譜には「佐々木秀義-經高-景綱(多賀氏、職人)-則綱(多賀太郞)」と。ミキ條を見よ。14幕臣多賀氏第六項多賀高忠の子孫常則、淺井氏に仕へ、次いで秀吉に從ふ。寛政系譜五家を收む。「伊豫守常則(新左衞門) -吉左衞門常直-左近常長-吉左衞門常良云々」と。家紋七鳩酸草。食合鶴菱。の者にて、近〓へ打つて出で、北條家拘の地を亂妨す」と。また相州兵亂記に「高野臺合戰云々、多賀越後守云々、」また里見軍記に「上總國小尾津莊池和田城は、義弘の家臣多賀越中守在住」と載せ、總森志に「水祿九年、多賀越後守、其の子藏人の兩人、北條勢に攻められ、城陷る」とoこれより前、龍溪寺、大永元年八月の寄附狀によれば、多賀氏·既に之に居りし也。猶ほサトミ條に多し。また房總治亂記に「武田兵部少輔信榮、家人多賀六郞左衞門、同勘解由左衞門等に數百騎を指し加へ云々」とo同族か。16雜載因幡志に多賀文蔵、多賀三郞兵衛、田中藩知行割帳に「二百石多賀新九郞五千五百石多賀三郞兵衞、四百石多賀兵四郞、七百五十石多賀左近」。また柳倉小笠原藩重臣に此の氏存し、又加賀藩給帳に「五千石(

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

系図・系譜

関連論文

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