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輝(2)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

2遠江の今川氏南北朝の頃足利氏·今川範國を以つて當國の守護となす。其の子貞世、其の弟仲秋職を襲ふ。太平記卷三十八に遠江守護今河伊豫守と。貞世は範國二男、伊豫守(又伊豆守)、左京亮、正五位下、遠江守護、鎭西探題、歌人、著書に難太平記、落書鈔、落書露顯、今川雙紙、九州合戰記、了俊壁書等あり。應永九年中風、時に七十七、九十歲の頃卒す、法名海藏寺殿德翁了俊大居士。その子貞臣(從四位下、伊豫守)-貞宗(從四位下伊與守、)-貞範(從四下伊豫守)-義俊(陸奥守)-義秀(陸奧守)-義清(陸奥守)-氏俊(左衞門佐)-氏明(伊豫守、法名淨庵)-正勝(源五郞、十右衞門、家康秀忠、家光の奉行人)-吉久(八郞右衞門)なりと。又一本に貞臣-貞相-範時-貞延(六郞、陸奥守)-一秀(世名僧)-氏貞(陸奥守)-氏俊とあり。仲秋は範國の四男、本名國泰、頼泰に改な萬里小路と號す、從五位上、左衞門佐(また右衛門佐)、中務少輔、法名仲高、遠江守護、また長く鎭四に在り。その子イマカハイマカハ天下其貞秋、その第直秋(大藏少軸、家系圖貞秋の子となす。)-持弘(與五郞、中務少輔)-氏弘(五郞)-氏直(乘木惣九郞、中務大輔)なりと。應永中足利義滿、今川氏の遠江守護を罷め、斯波義重を以つて當國守護となす。されど國の東部は今川氏に屬せり。永正十三年に至り斯波義達、今川氏親と戰ひて敗れ、當國全く駿河今川氏の有に歸す。又仲秋の後に直忠あり、其の子直兼、見附城、法名了山、堀越用山と。堀越は長下郡にありて仲秋屋敷跡あり。又濱名郡延兼山城は今川上總分永祿十年城地となす。

系図・系譜

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