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身毛津(2)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

2身毛津君又半宜都君とあり。美濃國の大族にして、身毛津君とは武藝の君の意にて、後の武藝郡地方の領主也。景行天皇皇子大雖命の後にして、景行紀四十年條に「大磁皇子、云々。此に因りて、遂に美濃に封ず。仍つて封地に如く、是れ身毛津君、守君、二族の始祖」と載せ、また古事記景行段に「三野國造の祖神大根王の女、名は兄比賣、弟比賣の二孃子、云々。大碓命·兄比賣を娶リ、御子押黑之兄日子王を生み(此は三野之宇泥須和氣の祖)、亦第比賣を娶り、御子押黑弟日子王を生み給ふ(此は牟宜都君等の祖)」と見ゆ。此の氏·前項の如く上宮記には國造と載せ、氏人には、雄略紀に身毛君大夫、天武前紀に身毛君廣等あり。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)

系図・系譜

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