6筑前の藤氏八坂藥師緣起に「昔武藏寺に藤監代と云ふ長者あり」など見ゆ。又海東諸國記に「司果信盈。己丑年、來りて職を受け、他に向つて卒す。中樞藤安吉の女編安吉の父·曾つて來朝して、京館に死す、因りて東郊に葬る。其の母·安吉に命じ、來りて朝に侍せしむ。仍リて父の墳を守る。安吉死し、弟茂村又來りて、朝に侍し、副司果と爲る。安吉の母·時々船を遣はして、藤氏の母と稱す、大友殿管下」と見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)