藤曲
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
駿河國駿東郡藤曲邑よリ起る。大森葛山系圖に「大森二郞入道賴忠-彌三左衞門忠季-季村(此の末、竹下住、藤曲祖)」と、一に藤田に作る。氏人は鎌倉大草紙に「去る程に、新田殿は、去る永德の比まで、信濃國大川原と云ふ所に、深くかくれ有りけるを、國中皆背き申す、宮を初め、新田一門·浪合と申す所にて、皆討死して、父子只二人うちもらされ、奧州へにげ下り、岩城の近所酒邊と云ふ所に隠れ給ひしが、小山若犬丸の敵により、奧州に安堵せず。相州に忍び行き、箱根山のおくに底倉と云ふ所あり。木實彦六といふものを賴みて、かくれたまひしを、如何としてか聞出しけるにや、竹の下住人藤曲と云ふ者、しのび來り、應永十年四月廿五日、新田相摸守入道行啓、底倉山中にて討死なり。子息刑部少輔は、一所に御座さざりし故、相州ばかり討死なり「其の賞として、藤曲に底倉木賀を賜はり、上杉禪助に屬し、安藤と改名す」と載せたり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)