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蒲生系(2)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

2系圓斯くの如く、此の黨の平氏でない事を事實とすると、何氏であらう。それを考へる前に、基水以後の系圖を載せて置かう。基水野島六郎九-行親-親賴賴家〓:季忠小四尾太郎-景賴西方左を門尉!經違-重行親頼福江四郎科書籍守I經光二大夫弘經利庄五大夫久高經能能元-爲經-爲光-經秦大阪真均二郎能高相場二郎時光-爲時大相模基業-爲平-經平-爲仲三勾六尾經元-能直-行直-行信頂久毛六郞〇四五有光-有家-有久-有成-有時臨江丙郎松江左衛門大一八幡五郎光平景光-信光-氏光兵●制1時平信氏太郞有茂會重一左-光茂光員野崎長:ニ 季茂老長光-季長-光直-親直金平こあ:小太兵太郎忠光-忠成-賴重あん〓大君古屋更大大弘家东〓四期-行弘鬼盛六郎定綱-弘綱弘親國都左常光-高當I弘信弘雅屋部第58回光弘1弘忠七〓弘光-季平-季重季直菅間六郎早い季村左近時俊光-經俊ムチ行基-長綱小五あん更大大鬼盛六郎定綱-弘綱季直左近時義季-高季ムチ3分布野奥黨の平氏でない事は그는た。しからば何氏から出たのであるかと云ふに、これは餘程困難なる問題で、予輩も未だ探求中だが、次に述ぶる如く、此の黨は埼玉郡に發祥し、一族大抵郡内の地名を負うて居る事によつて、埼玉郡の古族と云ふ事丈はわかつて居るのである00さて此の氏族の黨名となつた野臭は、埼玉郡野奥村から起つたのである。又澁江氏は同郡澁江村より發祥した、其の家系に「歷代、武蔵國埼玉郡岩築澁江に住す、故に氏とす」と見える。又箕勾氏は同郡箕勾より、八條氏は東鑑所載八條郷より、大相機氏は本郡大相模郡より、萱間氏は本郡萱間より、鬼窪氏は本郡鬼窪〓百〓岡村附近)より、白岡氏は本郡白岡村よリ、高柳氏は高柳村より、多買谷氏も本郡多賀谷〓より、道地氏も本郡道地村よリ、其の他、金重、柏崎等の諸氏、何れも本郡の地名を負うて居る。即ち此の黨に屬する氏の殆んどが埼玉郡から發祥した事がわからう。云々』とa未だ確證を得ざるも、蓋し七黨、他の族と同樣に武藏國遺の族裔と考へらる。野真黨平家物語に野井與、源平修良記に野奧黨、また横山野奥黨(武蔵國江戶太郞、河越小太郎云々)と見え、源平時代より大いに著はれ、族類甚だ多し。即ち多名、鬼窪(南鬼窪、北鬼窪)、白岡、澁江、萱間、道智、多賀谷、大藏、箕勾、大相摸、利生、柏崎、須久毛、八條、金重、野島(一に野崎)、高柳、四脇等の諸氏これ也。各條を見よ。猶ほ元宗の子基永の第賴任は、村山黨の祖にして、族又多し。村上條を見よ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

系図・系譜

関連論文

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