葛葉
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
和名抄、河内國交野郡に葛葉〓あり、久須波と註す、今楠葉村と云ふ。又中世以後葛葉莊と稱し、又楠葉庄に作る。紀伊國那賀郡小畑村撿知家に葛葉氏あり、續風士記に「村中にあり。古撿知職の家なリ。其の系·貞觀年中·宇佐八幡宮を男山に遷し奉りし僧行〓より出づ。卽ち武内宿福の後裔なり。行教の三男に、紀今守といふ者あり。男山八幡宮に奉仕す。其の子孫始めて、此の地に來りて撿知職たり。それより相承けて撿知職たりしに、兵亂に家大いに衰へ、家系文書等紛夫し、古の事詳かならず。今尙ほ萬壽四年の撿知職補任狀、壽永二年の定置狀、實治二年の撿知職讓狀等、古き寫あり。建長元年の補任狀、ニれは本書なり。又別に動木村に武部別當の家あり。古の事は詳かならざれども、撿知家の系圖に據れば、武部は卽ち撿知家なり。恐らくは家二つに分かれ、一は葛葉といひ、一は武部といふならむ」と見ゆ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)