苗代川
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
系譜と傳記に『ノシロ〓。今は薩摩日置郡下伊集院村の大字苗代川と云ふ。隨分面白い村で、千餘軒もあるが、全部高麗人の子孫だと傳へられて居る。四遊記に「太閤秀吉公·朝鮮を征伐し給ふ時.此の國の先守、彼處の一掃の老若男女悉くを擒生と成して歸リ給ひ、薩摩国にて一廓の土地を賜ふ、今數百家となれり」と、また地理纂考に「慶長三年の冬、朝鮮歸降の男女八十餘人、串木野に着船し、同八年、伊集院〓寺脇の野に移され、壺を製して生活の業をなす。寶永元年、三十餘戶、六十餘人を大隅國鹿屋〓笠野原に移さる」など見えて嘘ではない。初め擒はれて來た十六氏は、伸、李、林、鄭、車、姜、崔、處、沈金、白、丁、何、朱などである。太宰管內志に「今の庄屋の名を伸侔屯と云ふ。伸は元來の姓にはあらず、日本に來たりて、申をサルとよむ人のあるに依て、人を加へたる由なり。其の外、金慶山、白孝基など云ふ願なり。又客屋の名を朴養眞と、其の子を朴養安と云ふ。妻をロレンと云ふ。さて此處にて高麗燒を遣れば、その陶場をその他牛久由日落重臣に存し、又豐後圖藩儒に野尻毎介一成あり、熊澤善山の第也。又加賀藩給帳に「二百石(角入角内花菱)野尻英之丞、百五十石(同)野尻吉五郞」等を載せ、又武藏、甲斐、攝津、羽後秋田藩等に存す。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)