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花井(4)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

4三河の花井氏前項參照。又家康の男上總介忠輝の權臣に花井父子あり。藩輪譜に「世に傳ふる所は、初め大御所の召仕れし小童に、花井三九郎と云ふもの、亂舞堪能の者なりければ、介殿いとけなくまします時、この事〓へ申せとて參らせらる、やがて於茶阿の御方が、昔まうけし娘にあはせけり、介殿の異父同母の御姉聲なりければ、双なき御覺えにて遠江守に受領し、家の事を司どる。介殿かれが申さん程の事は、如何なる事をも用ゐ給はずと云ふ事なし。宗徒の御家人等は、あるにもあらず、善からぬ御振舞のみ多く、國中の上下歎き苦しみければ、皆川、山田等、此の由を訴ふ。大御所聞召されて、甚だ驚かせ給ひ、その三九郞男には、小皷、うたひなど〓へよとこそ云ひたれ、誰が許しければ、かく受領して家の事とり行ふらん、不思議さよ。速に召すべし、屹と糺間あるべしと、以つての外に御氣色損したり「於茶阿の御方·大に驚き歎きて、右兵衛殿、常陸殿の御母上を初め、御歸依の僧達に至るまで、深く頼みて花井が罪まぬかれん事を歎き申し、又介殿へも、かくと告げ申されしかば、国府に馳せ參らせ給ひて、如何に仰せ披かれけん。花井は罪まぬかれ、三人は罪かうふりしとなり」증三九郞は一に庄九郞、遠江守と稱す。その子花井主水義雄も亦權勢を振へり。又花井勘太郞は菅沼大膳の養子となり、菅沼小大膳康助と稱す、上野國吉井城主たりき。第二項參照。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)

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