舍人連
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
條を見よ。21 (檜前)舍人連ヒノクマノト、ネリ條を見よ。22 (他田)舍人直多臣の族也。オサダノトネリ條を見よ。23 (田)含人直正倉院天平寶字四年文書等に見ゆ。(檜前)舍人直24出雲の臣の族なり。ヒノクマノトネリ條を見よ。25會人臣甞つて含人たりし者の後なるんっ賴聚國史、五十四に「天長二年二月云々。筑前國の人·舍人臣福長の女、兒三人を產みて、正稅四百東を給ふ」と見ゆ。ヒノクオホヒマツリノトネクメノカハセノトネリ條を見カナサヒマツリヒノクマノト、ネリ條を多臣の族也。オサダノイソヒカハセノトネリ條を見クメノトネリ條を見里 トネリトネリ-トネリへトネリヘ-トノトネリヘ-トノ三九八四附せし私領民にて、田畑を耕作せしめ、若くは他の勞働に使役せし部民とす。又御名代部の一部として後世に多く傳はれり。(事力とは、中古諸臣に賜ひし丁にて、職分田を耕せり) 1出雲の舍人部御名代部の一にて、倉舍人部なり。賑給歷名帳に「伊秩娜舍人部立麻呂」なる者を載せたり。2 (他田)舍人部御名代部の一、オサダノトネリベ條を見よ。3 (大)舎人部職業部の一、オホトネリべ條を見よ。4 (河上)舍人部御名代部の一、カハカミノトネリベ條を見よ。5 (檜前)舍人部御名代部の一、ヒノクノトネリベ條を見よ。6 (日奉)舍人部職業的部の一、ヒマツリノトネリベ條を見よ。7 (勾)舎人部御名代部の一、マガリノトネリ條を見よ。8 (若)含人部職業的部の一、り條を見よ。登能トノ和名抄、安藝國豐田郡に登能〓を收む。後世戶野邑存す。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)