興福寺(1)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
奈良にあり。藤原氏の氏寺にして、本邦屈指の大刹なり。されば其の僧侶は、大乘、一乘の兩門跡以下、塔頭諸坊院家)の住持、大むね京師公卿(堂上家)の子弟なりしを以つて、特恩を以つて華族に列せしめられ、松園(大乘院)、コウミーコウモリ三六唐書、高麗傳に「五部に分つ云々。曰く北部卽ち絶奴部也。或は後部と號す」と見뽕その詳細は「日本上代に於ける社會組織の〓究、」部の編を見よ。此の職名を有するもの、我が國に歸化して後も、此の稱を氏の如く使用する事、我が國の部名に同じ、天武紀五年條に「後部主博河于、」また贅龜七年五月紀に「正六位上後部石嶋等の六人、姓を出水連と賜ふ」と見ゆる如き、其の一例なり。シトリベ條參照。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)