肥前國養父(5)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
5秀吉家臣に戶田民部少輔勝隆あり、各地に轉戰し、九州征伐に從ふ。甫庵太閤記に「淺野彈正少弼、戶田民部少輔云々」と筑後五條家文書には「戶田民部少輔永則」と載せ、淺野長吉と連署す。その他、功多きを以つて、天正十五年に至り、伊豫宇和島に封ぜられ、七萬石を賜ふ。豐鑑卷二に「伊與は、福島左衞門大夫、戶田民部などに、奥へ給ひけり」と。又南海通記に「宇和島を戶田民部少輔に賜ふ」と見ゆ。一に「字和島、喜多兩郡十六萬石を領し、大洲城に據る」とあり。次いで太閤記、朝鮮國御進發の人數帳に「四千人、戶田民部少輔」と載せ、その他、「三百人戶田武藏守」、また戶田〓左衞門尉等見ゆ、勝隆は文祿中に除封さる。これより前、伯耆合戰記に「織田信長公·戶田を當國鎌倉山城主となす」とあれど採るに足らざる如し(伯耆志)。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)