美作守美
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
アオキアオキアオキ-アオシマ-〇ば流派頗る多く、或は源平、或は藤橋と稱せし事は史實なりとす。而して猶ほ次の靑木氏は以上擧げし靑木氏と流を異にするが如し。17岩代安達郡青木村千貫森城は靑木修理亮の據れる處(信達郡村志)、館基考に天正十三年清顯より青木彈正に送る書狀を收む。18磐城に靑木兵衛あり。また袋內館、但馬守靑木妥女の居城なりと云ふ。19下總猿島郡大寶八幡宮享德五年の古鐘銘に奉行靑木左近將監朝貫あり。20下野都賀郡小山天王社舊社家に靑木氏(下野國志)あり。四代將軍の母むらくの局は靑木三太郞利長の女、都賀郡高島村の人なりと。21東作志吉野郡青木村錄に、里正奥三五郞青木姓なるを以つて姓を在名に呼ぶと云ふ。又眞庭郡に青木氏あり、藤原姓、青木左膳季章の裔にして其の五代孫兵衞重一、永正八年船岡山合戰に功ありと傳小。又津山藩分限帳に、五十石青木郁太郞あり。22三河遲美郡伊川津七黨の一に靑木氏あリ。又額田郡にも靑木小平等諸書に見ゆ23建武年間赤松氏播州在陳の際、靑木等七姓の武士有馬郡香下城に籠城する事見え、尾張志、海部郡南一色村靑木土佐守道顯は天文十七年攝津尼ヶ崎より來ると載せ、丹羽郡にも青木氏を擧ぐ。24豊前國下毛郡の臺族に靑木氏あり、元龜天正頃の豪族に青木次郞兵衛なるもの見ゆ。25越後國古志郡に靑