綱脇(2)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2都努臣都努國造家の氏にして、古事記.孝元段に「木角宿禰は、木臣、都奴臣、坂本臣の視」と見え、國造本紀と符合す。又雄略紀九年條に「紀小弓宿禰、蘇我韓子宿禰、大伴談連、小鹿火宿禰等に勅して宣はく云々。拜して大將と爲す。紀小弓宿禰·卽ち新羅に入る云々。大將軍紀小弓宿禰·病に値ひて薨ず。小鹿火宿禰は、紀小弓宿禰の裏に從ひて來り、獨り角國に留る」と見ゆ。蓋し小鹿火は、此の都勞國造家の人なるによるべし。次に「倭子連をして、八咫鏡を大伴大連に奉ぜしめて、祈請して曰ふ、僕は紀卿(紀卿とは、紀小弓宿禰の子大勢宿禰にして、小鹿火の家とは、本末の關係あり)と共に、天朝に奉事するに堪えず。故に角國に留り住む事を請ふ也と。是を以つて、大連·爲に天皇に奏して、角國に留り居らしむ。是れ角臣等が初めて角國に居りて、角臣と名づく、此より始まる也」と。されど此の末節は誤りならん、ツバ加賀の名族、
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)