綱嶋(水氏族)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2信濃の綱島氏更級郡綱島邑より起りし豪族にして、北國太平記に「天正十年氏のハー信濃等に此の地名八月云々、網島豐後守·前々の如く本領を賜ふ」と見ゆ。3〓水氏族備中の名族にして、傳へ云+、神樂尾山城主〓水伊勢守宗忠が後なりと。その五代の孫綱島越後守元道は赤松家に仕へ、其の子將監元治は、應仁元年、山名細川の戰に參し、京都にて討死したり。元治の子三郞右衞門元譽、及び其の子太郞市は、共に明應五年、備前小倉の合戰に討死し、元譽の三男五郞市元成·上村に住す、これ美作綱島氏の祖にして、實に天文三年なりと。其の後元成·行違の爲め、日名助五郞森信、今井孫四郞景久と謂ふ二人の浪人を斬りたるが、孫四郞に一子あり、備中布瀬村資室寺にて剃髪し、了貞と號す。了貞·長ずるに及び、復讐の念あり、元成の嫡子次郞左衛門·之を知り、了貞を殺す。次郞左衞門子なし、杉井兵部が二男次郞左衞門を養ふ、(美作名聞集)とぞ。近世、綱島榮一郞は備中國上房郡の人、梁川と號す。又美作眞庭郡上邑に存す。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)