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維殘弟維

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

賣因つて武藤僚伏と稱す)年、源義親·罪あつて誅せらる、-賴家(天仁元賴家·緣の爲坐せらる)-頼兼丞、左衞門尉)-賴平(大藏丞、(小三郞、建久六年大蔵公文所の司と爲る)-資賴(少貳祖)、弟氏平(左奮門少尉)、弟宗平(刑部丞)」と。また武藤菜園には「道長-長家(御子左大納言) -長頼(左中將軍、尾張守、號武藤中帳)-賴氏(武藤、若狹、武蔵國戶政御被傳知行、仍つて當國に居住す) -賴家(源義親に奉公致すに依りて、ホ和年中討たれ畢んぬ) -賴愛(新中納言知盛卿の舅、永久二年、太宰少貳に任ぜられ畢んぬ) -女子(知盛〓北方、武蔵守平知章母)、第賴平(號大藏大夫、關東政所執事云々、セウニ條參照)-賴忠(武藤太郞)、藏國下向、掛の旗を賜ひて戦功を抽んじ、討の時、て武州に居り、氏また筑紫系圖には「長賴を以つて家政(武藤檢校、檢校と爲りて供奉、弟資賴」と見ゆ。武藏國戶塚稱を知行、初めて武藤と號す)-賴爲す)-賴家八幡殿·奥州の凶徒を追(武藤中將、住野馬守、此の時、爾來寄掛以つ

(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)

系図・系譜

関連論文

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