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素賀(1)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

。素賀國造此の國道は、國造本紀に、久努國と球流河國との間に收め「素賀國造。橿原(神武)朝の世、始めて天下を定むる時、從ひ侍リ來る人、名は美志印命を、國造に定め賜ふ」と見えたり。よりて遠江國の東部となし、佐野郡に素賀邑のあるより、其の地に擬定し、早く其の疆域·滅したるが故に、僅に一邑名を殘すに過ぎずと考へらる。但し地名辞書の如きは、「神武帝開園の初に方リ、東海の遠地まで國造の配置あらん事疑はし。大和の蘇我にあらずや」と論じたり。此の說にも一理あれど、他は全く黴證を缺くが故に猶ほ前說を採用すべし。蓋し素賀國は後世の佐野郡曾我庄を中心とする、本州東部の地を占しなるべく、而して其の國造廳は、曾我庄の領家村なりしかと考へらる。其の地は、曾我川と幡羅川との合する地點にして、形勝の地と云ふも可なり。羊志印命は古書に全く見えざるも、ウマシイニと訓ずべきにて、饒速日命の後スカ三〇〇二保存せらる、」と載せたり。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

系図・系譜

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