紀伊(5)
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概要
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姓氏家系大辞典
5雜載平家物語に「長門の目代紀伊刑部大夫通資、」又源平盛衰記に「四光法師は、入道の三男、三位中將知盛の乳人·紀伊次郞兵衞爲範と云ふ者が舅也云々」とa紀條第六十一項を見よ。次に東無卷九に紀伊權守有經、三十二に紀伊次郞兵衛尉、三十四、三十七に紀伊七郞左衞門尉重綱、三十四に紀伊五郞兵衞入道寂西、三十五、三十六、三十八、四十一、四十四、四十五、四十六、四十七、四十八、五十、五十一に紀伊二郎左衞門尉爲經、四十に紀伊刑部入道、四十一に紀伊五郞左衞問尉爲經、四十八に紀伊三郞左衞門財見え、又承久記卷三に紀伊五郞兵衞入道あり。其の他、稻佐山緣起に紀伊鬼王丸藤原朝臣貞業あり。基肄キイ和名抄、肥前國に基肄郡、基肄〓を載せ、木伊と註す○杵肆國造國造本紀に「松津國造、難波高津(仁德)朝の御世、物部運祖伊香色雄命の孫·金連を國造に定賜ふ」と見ゆる松津は、杵肄の誤記にて基肆郡の國造なりしならむと云ふ。紀井キキ次條に同じ城井キイ又紀井、紀伊、木井に作る。和名抄、豐前國仲津郡に城井〓あり。その地より起る。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)