籠(1)
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
38m2m2 タカハシタカハシタカハシass悲嘆する處に、元就·此の由を聞き付け給ひ、高橋に幸松丸殿の外祖父なれば、手勢三百計リにて懸け付け、假令ひ三吉何千騎來るとも、元就有ん限りは心安く思ふべしと仰せられければ、郞等共黍けなしとて、少しく心を安んじ、家人の如く付き隨ふ。其の後は高松領一萬六千貫、自然に領知し給ひ候」toまた雲州軍話に「天文八年八月、云〓族、福原左近大夫貞俊は、三好後詰として、八月廿七日の朝陽に、府野の山崎に向けらる。其の比、安藝國豬の掛の域主高橋九郞左衞門則近は、福原に向つて諫めて曰く、去る觀應年中、石見國の住人三角入道が謀反の時、此の向ふに見たる皷が崎には、佐渡善四郞·三百餘騎にて控たる時、御方二萬餘騎、江の川を渡り得ず、御邊先祖毛利小太郎元春と、某が先祖高橋九郞左衞門三百餘騎、三好が一族二百餘騎、一度に颯と掛渡せし事、今の世迄も、其の隱れなし。今又三人の子孫.同じく戰場に立つ事、前世の宿綠なるべし、云々」とまた藝藩通志、豐田郡條に「大長村高橋氏先祖、高橋三郞左衞門、福島氏の時より、里正たり、今の政助まで、世々其の職を襲ぐといふ」と載せ、その他にも多し。82防長の高橋氏古く高椅氏あり、前條を見よ後世、熊毛郡の人に高橋利兵衞あり。その他にも少からず、各處に見ゆ。83紀伊の高橋氏名草郡古士に高橋氏あD.續風土記に『國造家所藏永仁三年の記に「高橋彌二郞」といふあり。又永仁の紀に「高橋三郞入道」といふあり。此ゆん、又和佐莊福宜村歡喜寺所藏永仁元年の文書にあらはる。又長享の日記に「高橋入道」といふものあり、國造家の侍なり』と。又海部郡木本莊木本村地士に高橋勘兵衞あり。84阿波の高橋氏當國に高橋庄あり、關係あるか。85讃岐の高橋氏古く寛弘元年の戶籍に「高橋道町」外二人の名見ゆ。その後もあり。86伊豫の高橋氏和名抄、試智郡に高橋郷を收め、多加波之と註し、類聚國史、延曆十年に「伊籐國分高橋朝臣祖麻呂·白雀を献ずる」事見え、下りて源平盛衰記卷十二に「大藏癖右京大夫兼伊豫守高橋泰經朝臣」等見ゆ。これ等は高橋朝臣の裔にて、その他、數流あり、以下各項を見よ。87新居氏族伊豫の豪族にして、高橋邑より起る。新居系圖に「成後(新居大夫、兄部)-六男正俊(高橋大夫、兄部)- 1保俊-高俊-四郞大·百人八-六郞-良平-十大夫英多大夫:慶雲-觀良萬種三郞九设上良人は名貞重用同国邮區-正平エ重村同五郞四十六播磨坊88伊豫大宅姓新居郡八幡神社の社家にして、天正の末、高橋氏の子孫、及び社人の子孫·歸村す。古へ土居城垣生村に在リ、其の跡今畑となる、時代詳かならず。高橋三河守大宅光頻·伊豆國より來り、垣生、宇高、松神、子阿島、黒島、澤津、新須賀の地を領し、代々これに居る。中世.宇高と改め、宇高大炊之助、九も世に名あり。其の子孫·再び高橋に復し、高橋美濃守、天正十三年、氷見村高尾城を守る(温故錄)など傳へらる。當國に高橋庄あり、關越智姓伊豫大三島の大風家にて、當地方風指の名族也。蓋し減智姓と云ふもの當國に多けれど、眞に越智國造裔と考へられ、また嫡流と思はるゝは此の氏か。されど後世は河野氏と同祖とす、反つて家系を害ふものか。三島宮御鎭座本綠に「二條院御字、永萬元年乙酉四月廿五日、諸山積神社造營是れ當島内え、伊豆三島勸請の初め也。是れを浦戶神社と云ふ。大祝高橋四郞安時也」と。また三島宮御範座本緣に「文武天皇御宇、慶雲四丁未年、玉澄·これを奏するに依り、二男高橋冠者安元を以つて、三島大山積社務とし、神體に擬す。大祝に任ずべき勅許、これ有り云々。右の安元は大視家の始祖也。此の三家·末になり、亦五家に別る。文明頃迄、五家相立ち候所、元享(弘の誤か)建武以來、次第に衰微し、天正年中、大祝安任、大祝職に補任致し 節、漸く嫡家高橋安忠の一家相殘り、鳥羽備中守家に男子なく女子計り成る故、兩家を合して一家と爲る云々」と見ゆ。また「四十三代元明天皇御宇、和銅元戊申年三月三日、安元を大祝に補任す」と。而して三島大祝系圖に「安元(遠土御子十七代の孫歯智國造玉澄の二男を高橋冠者廣江と云ふ。高橋〓の塔本に住みき。後に安元と改め、文武天皇御宇、慶雲四年、玉澄の次男廣江、再び三島の社務職となる)」云々と云ひ、「玉澄-谷男、弟安元-安則-安平、弟安豐(大井郡司)-安實-安義-安達-安兼(初周布郡司)云々」なりと。90河野氏族前項氏と同族か。伊豫國越智郡高橋〓より起ると云ふ。屬前大村家覺書、嬉野系圖、甲野家譜等に「延喜の頃、豫州の住人に河野高橋前司靈友久」ありと。オホムラ、ウレシノ、カフノ、シライシ等の條を見よ。91その他、喜多郡五百木村大岡館は高橋對馬守の居所と云ひ、また河野分限帳に「高橋藤馬、高橋九郞次郞」等見え、また高橋鍛太郞君は伊豫越智十八氏の一にて、高橋〓より起る。〓里には八軒の高橋家ありて、その氏の人のみは國智氏と同樣、大山祇神を祭り、他の氏は他の神を祀る。斯く今に至る迄、氏神制度の嚴然たるものありと。また三ツ木瓜を家紋タカハシとするあり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)