箱根
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
相州箱根山より起る。東盤卷一、治承四年八月廿四日條に「爰に筥根山別當行實·弟僧永實を差し、御駄餉を持たしめて、武衞(頼朝)を尋ねしむ、云々。實平·云ふ、世上·無爲に屬すれば、永實を宜しく筥根山別當職に撰補せらるべしと。武衞·亦之を諸し給ふ。其の後、永實を以つて仕承と爲し、密かに箱根山に到り給ふ。行實の宿坊は參詣の網素·群集の間、隱密の事、其の便なしと稱して、永實の宅に入れ奉る。此の行實と謂ふは、父良尋の時、六條廷尉禪室(爲義)、井に左典厩(義朝等と、聊か其の好あり。玆に因りて、行實·京都に於いて父の讓得、當山別當職に補せられ、下向の剤、延尉禪室·下文を行實に賜ひて傅ふ、東國の輩、行實·若し相催さば從ふべしと。左典底の御下文に、駿河、伊豆の家人等は、行實·相催さば從ふべしてへり。然る間、武衞·自ら北條に御坐の比、御新壽を致し、專ら忠貞を存ず云々。石橋合戰·敗北の由を聞き、獨り愁歎を含む云云。弟等は數ありと雖、武藝の器を守り、永實を進め奉る云々」S又廿五日條に「武衞·筥根山に御座の際、行實の弟智藏房良暹、故前延尉兼隆の祈轉師なるを以つて、兄弟行實、永實等に背き、忽ち惡徒を棄めて、武衞を襲ひ奉らんと欲す。永實·此の事を聞き、武衛と兄行實に告げ申す」云々など多し。ハコタ-ハコツクハコツク-と ハコネーハコムラハコムロ-ハコヤマ族にして、一に筥室に作る。結城系圖、及び長沼系圖等に「長沼淡路守時宗-時村(〓村七郞)」と見えたり。後の二條參照。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)