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筑紫(5)

提供: 氏族家系データベース

概要

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姓氏家系大辞典

5磐井(石井)の事は、古事記繼體段に「此の御世、竺紫君石井、天皇の命に從はずして、多く禮先し。故に物部荒甲之大連、大伴之金村連の二人を遺はして、石井を殺さしむる也」と o竺紫君とは此の國造の氏姓にして、繼體紀には、廿一年條に近江毛野臣·衆六萬を率ゐ、任那に注き、新羅が破る所の南加羅、〓己存を復た興建せしめ、任那に合はさんと欲す。是に、筑紫國造繁井·陰かに叛逆を誤り、猶豫して年を經、事の成り難きを恐れ、恒に間隙を伺ふ。新羅·是を知り、密かに貨路を磐井が所に行り、而して毛野臣の軍を防過する事を勸む。是に於いて磐井·火豐二國に掩據し、職を修せしむるなからしめ、外は海路を遵へて、高麗、百濟、新羅、任那等の國が年貢の職船を誘致し、内は任那に遺はす毛野臣の軍を遮リ、亂語揚言して曰く、今使者と爲るも、昔は吾が伴たり、肩を摩し、肘を觸れ、器を共にし〓を同うす。安んぞ卒爾にして、使と爲り、余をして倆の前に自伏せしめんやと。遂に戰ひて受けず、驕りて自ら拾る。是を以つて毛野臣·乃ち防遏せられ、中途に淹滯す。天皇·大伴大連金村、物部大連產鹿火、許勢大臣男人等に詔して宣はく、筑紫磐井·反して、西戎の地を掩有す。今·誰をか將とすべきかと。大伴大連等·食な曰(、正直にして仁勇、兵事に通ずるは、今·麁鹿火の右に出づる無しと。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)

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