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笠井(桓武平氏秩父氏流)

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

1桓武平氏秩父氏流前條葛西氏は平家物語に笠井氏とし、畠山一族とし、又中興系圖に「笠井、平、本國下總、モン三柏、右衞門尉武常稱之」とあり。前條を見よ。2_源姓葛西氏流大内家臣笠井氏にして平性葛西氏の裔なれど、後源姓に改むと稱すれど、果して然るや否や、未だ詳かならざれど、暫く舊說に從はん。(前條第十一項を見よ)。笠井系圖に「時盛〔金太郞、彈正少弼)-弘忠(金三郞、右衞門大夫佐、大内義弘家臣、明德の役功多く、宮田源内の首を捕る、義弘より感狀あり、明德三年正月三日、葛四右衞門大夫殿と。此の時、命ありて家紋を三引兩に改め、泉州吹飯を賜ふ、堺浦の役戰死) -弘通(金松、民部少輔、義弘の命によりて氏を笠井と改む、永享三年四月五日死) I盛安(源三郞、大膳大夫、文安三、六月十一日逝。第に金三郞安正、彥四郞安元。妹は黑河兵部妻)-盛春(源五郞、三河守、妻柳崎氏、大內〓弘に仕へ、國中監となる。寛正三、二月逝。弟彌七郞盛利·平左衞門とも云ふ。其の子宮内少輔滿宗、其の子半八利直なり。)-貞恒(盛春長子、又四郞、刑部大夫、妻鷲頭氏、應仁の亂に功あり、文明四、七月逝。弟に彥二郎·大和守重武、金太夫貞助、助九郞俊氏、妹は右田左馬助妻、相良の妻)-弘盛(又太郞、肥前守、妻弘中三州の女、永正舟岡山の戰に功あり、感狀を賜ふ。大永三年鷺頭謀叛の志ありしも、弘盛之を治す、天文十、七月十四日卒) -弟正盛(藤二郞、帶刀左衞門尉、妻江口隼人娘、義興、義隆に仕ふ。義隆薨後、毛利氏に仕ふ。弟に傳三郞·民部少輔興重あり) -弘重(弘盛の子、七郞、孫右衞門、慶長十七年逝)-新介(正盛五男)一と載せ、又「安正(金三郞)-信長(半內兵衛)-忠行之允、壹岐守)-正勝(權八郞、肥前守) -春常(傳三郞、肥後守)」とあり。又「此の末孫武田家に仕ふ、」と見ゆ。又弘盛の譜に「義興の重臣に陶、杉、内藤、右田、岡田、笠井、野田の七人」あリ.此の氏·其の一なりと。安四軍策に笠井作尤なる人見ゆ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)

系図・系譜

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