竹森(1)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
1播磨の竹森氏黑田家臣に竹森石見次貞(新次郞、新右衞門)あり、其の父新兵衞は黒田下野守に仕へ、天正四年に死す。次貞は、一生の間、甲付の首十八を討取リ、山崎合戰の時、初めて旗奉行と定めらる。後釆地三千石を賜はり、元和七年十一月九日病死す、法名禪空、行年七十二歳。その嫡子〓左奮門貞幸(少助)、慶長二年長政に從て、初めて朝鮮に出軍し、同年九月、稷山合戰の時功ありしが、下野九兵衞と口論に及び、後遂に家より追出さる。慶長五年合戰起るや、長政に屬し戰功著しかりければ、勘當を免して召返さる。寛永十五年肥前島原の役には其の子貞右衞門三安と共に功あり。晩年剃髮、道也と號す。慶安二年三月十日死、年七十二歳。又竹森松若は次貞の第にて戰場に出る每に、武功人に超たりしかば、民俗の諺に、「けなげ松若、矢がたらぬ」とぞ稱美しける。その子新十郞、後四郞左衞門と號す。後仕を辭し、福岡に住みて、富めり、寶永三年死す、年四十六。子孫皆豪商となる。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第4巻』磯部甲陽堂(1944年)387頁)