窪田(9)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
9下總の窪田氏小金本土寺過去帳に、「窪田新之丞慶長八十一月、」「窪田新之亟寛水十七十一月」等見ゆ。10上總の窪田氏望陀郡窪田(久保田)邑より起るか。里見條參照。11常陸の久保田氏新編國志に「窪田、和光院過去帳に、慶長十一年三月廿五日、杉崎の人ぐぼ田玄蓄沒す。法名長慶云々」と見ゆ。12上野の窪田氏上野志略に「永祿二年、安中越前守忠正の嫡子忠成は、野尻居域の窪田圖書を退けて、榎下の城より引移".宿をも安中と改む」とあり、窪庭の誤か。13磐城の窪田氏菊多郡窪田邑は一に久保田に作る。窪田城ありて梶原氏居る。カヂハラ條を見よ。又結城戰場物語に窪田の太郞見ゆ。1,藤原南家伊東氏流岩代國安積郡窪田村より起る。又久保田に作る。安積伊東族の一に窪田氏あり、應永十一年連署に「窪田修理亮祐守」見ゆ。其の後、天正年間、會津勢に久保田十郞ありん古館辨に此の地の住人かと云ふ。但し窪田に升方館ありて、升方十郞居るとも傳へらるれば、久保田十郞とは此の人を指すならんかと云ふ。15高階姓高氏流高階氏系圖に「高惟眞-漉口二郞惟長-惟光-惟貞窪田三郞) -光朝(彥部六郞)-光縫」と見え、原卑分脈には「惟光の子光貞(號羅田)-光朝」と窪田岩之助2紀姓前項に云へり。3〓和源氏もと島居、信玄の命により窪田に改むと云ふ。寛政系譜に本支四家を載す。家紋丸に三柏、島井。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)