稻用
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
石見國安濃郡稻用邑より起る。藤原南家伊東氏の族にして、日向記に「祐時次男祐盛、六郞左衞門尉に任じて、祐時存命の時、讓與せられ、石見國稻用中山を領して稻用殿と申なり。是よりさき播磨國吉田北庄縣庄を讓得、四十歲にして逝去す」と載せ、又「九男十郞祐忠、石見國稻用、御對、伏見、長岡、甲斐、橫手を領して、是も稻用殿と申なり」と見ゆ。新川郡稻村より起る。(在加積〓)、邑傳ふ、土其の後文安五年十月十六日の犬追物手組の日記に稻用彌次郞なる者を載す。
石見國安濃郡稻用邑より起る。藤原南家伊東氏の族にして、日向記に「祐時次男祐盛、六郞左衞門尉に任じて、祐時存命の時、讓與せられ、石見國稻用中山を領して稻用殿と申なり。是よりさき播磨國吉田北庄縣庄を讓得、四十歲にして逝去す」と載せ、又「九男十郞祐忠、石見國稻用、御對、伏見、長岡、甲斐、橫手を領して、是も稻用殿と申なり」と見ゆ。新川郡稻村より起る。(在加積〓)、邑傳ふ、土其の後文安五年十月十六日の犬追物手組の日記に稻用彌次郞なる者を載す。