私市(3)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
3丹黨武藏私黨は又一に丹黨と祖を同じうすとの說あり。卽ち新編風土記、騎西久伊豆社條に「騎四領中の惣鎭守にして古社なり。東鑑、建久五年六月卅日、『武蔵國大河戶御厨に於いて、久伊豆宮神人等、喧譯出來の由、其の聞あり云々』黑山は私市部領とあるが、部領とは伴造の意で、私部の伴造を意味する故、或は黑山、竝に黑長等は、濱人や廣成より古い人かも知れぬ。けれど他に照應する史料がない故、さう思はれると云ふに過ぎない。此の氏の出自は、もとより明白でない。藤原と云ふ如きは最もよくない。唯次のと見えたるは、こゝのことなるべし。又延喜式神名帳に載する所、埼玉郡四社の内、玉數神社とありて、今何れの社たるを傳へず。岩槻城内に久伊豆社あり。其の後、郡内所々に久伊豆社と唱ふるもの多くあれど、何れもさせる古社とも思はれざれば、若しくは式に見え、東艦にも沙汰あるは、當社ならんか。當社に宣化天皇八代の後胤、從五位上木工頭丹治貞成の靈社あり。貞成の子峰成、私市黨の始祖にして、後略して私の黨と唱ふ。此の人の弟を貞峰と云ひ、丹治黨の始祖なリ。略して丹の黨と云ふ。此の二黨の子孫分れて武州に多し。其の子孫の居所多く此の神社を祭れりと。されば峰成の父貞成を祭れりと云ふも、亦所謂あるに似たり、」と見ゆ。又中興系圖に「私市、丹治、本國武哉、大夫幹成·稱之。騎四共」と0 4榎武平氏熊谷氏の族にして幹成を祖とすと云ふ。第二項に同じ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)
文献(NDLサーチ・Amazon)
- 私市庄次『私市氏系図』私市庄次(1976) 国立国会図書館サーチ