福王寺(4)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
4雜載細川兩家記に宗益の弟福王寺を載せたり。福家フケ1綾姓讃岐國阿野郡福家邑より起る。綾氏系圖に「新居資幸-資基(福家次郞、法名在蓮)幸賴-資顯高顯-顧宜五尾五法名念愿具名酒屋風太女子注布明駅次郎北賴顯-高宜七郞右衞門-宗春小三郞-源耀邦民顧宗小五關新居、羽床、香四等のと見ゆ。その他、新居、羽床、香四等の條參照。又南海通記、讃州藤家系圖には「資光-資幸(藤大夫、福家氏祖)」と載せ、また「羽床重基の妹は福家次那資基の妻」とあ〃而して全讚史に「福家城は福家村に家を以つて氏と爲す。在り。家七郞なる者あり、新名藤太夫資幸·之を築き、遂に福其の人と爲り、後世に及びて、和順福にして、乱を作すを好まず。甞て羽床伊豆守·香四伊賀守と隙あり。近郡諸將·各々其の黨を結ぶ、七郞·獨り其の中に在リ.兩家に事へて異心なし。香四氏·之を疑ふ。天正七年春、觀魚を以つて之を誘ひ、舟中に於いて之を殺し、尋いで又其の子を殺し、其の家·竟に絕ゆ矣。鳴乎小人の人の寬する、多く此の類也。亦悲しからずや乎」と。又「胡山城は福家村東山上に在り。福家七郞の要城也」と。又南海通記に「伊賀守·讒言を信じて、家七耶を發す、云々一と、香四、羽床條參照又見間諸紋に安藝、高顯-顧宜五尾五風太注布北賴顯-高宜七郞右衞門朝幸朝資六郎基政-貞景信教家庄留守公家とo又南海通記に「福家七郞右衞門は名家の末なればとて、生駒家に召出さる」などあり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第5巻』磯部甲陽堂(1944年)4553頁)
寛政重修諸家譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『寛政重修諸家譜』(堀田正敦編、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[208]:12頁