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祖谷

提供: 氏族家系データベース

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

阿波國三好郡(美馬郡)視谷より起る。イヤ也。この地は阿波志に「崇山環拱し、連峰·天に刺し、劍山·南に傑立す。其の中に重岡疊阜、地勢百盤、材木隆蔚、溪調榮曲、究覺すべからず。南北七里、東四十三里許。傳へ云ふ。壽永の亂、平氏の兵·竄る爲。子孫土着す。後正平十七年正月、讃岐守源〓氏·本州に至り、伊豫、土佐、讃岐の三州を服す。時に四州にて唯祖山のみ服せず。天正十三年、藩視瑞雲公の入るや、嶮を恃んで服せず、鹼して之を降し、其の魁六人を戰す。國猶乃ち治まる」と0また傳ふ、上古永樂皇子小野姥·はじめて祖谷山を切ひらきしと云へど、いかなる人にて、何の代なるかを傳へず。其の後、安德帝祖谷に遷幸なし給ふと傳へ、其の御陵、また平家の赤旗などありと云ふ。而して舊家七家あり。阿波國司小笠原(三好家祖)の血胤と云ひて、三階菱の旗を傳へ、永く此の谷中は租稅諸役を免れ、國事あれば兵役に服するの義務を有するのみにて、隣郡と隔てゝ別天地の生命を送りき。斯くの如くして外界に感化の緣なく、猶ほ今日も七家を御屋敷と稱すと云ふ。その舊土豪には、菅生、喜多、四山、得善、小河、落合、阿佐、渡邊等ありて、いづれも正平中の綸旨、執達狀を傳ふ。絹川氏に抗敵せること想ふべし。蜂須賀入部の後も、力めて舊慣に依リ、招撫を加ふるに止めた

(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)

系図・系譜

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